oop.
肥満であるために、学校でのいじめや職場での差別など、さまざまな偏見の対象になりやすいものだが、実は、痩せた人が肥満を嫌うのは、本能的に肥満は病気を連想させ、肥満の人を一目見ただけで腐った食べ物を見た時と同じ嫌悪感や吐き気を催すことが研究の結果明らかになり、このような肥満に対する反応は人間に昔から備わっている、自然な反応であると分析されたことが伝えられた。
食事中はベラベラとしゃべってはいけない。
小さい頃、躾というか食事の時はそういうもんだと教えられて育った俺の家の食卓は
とても静かだった。
友人とご飯を食べに行くともちろん話をするけど、いつもそれがちょっと違和感があった。
会社で出会った彼女と付き合いはじめて2年。彼女が家に来て夕食を作ってくれて
一緒に食べてる時はほとんど会話が無い。
彼女は普段からあまり自分から話すようなタイプじゃないから自然な感じだった。
会話がないのに居心地がいい。昔、家族でご飯を食べてる時と同じ感覚だと感じて、
ふと結婚したいなと思って、
思い切って「結婚してくれないか?」と言ったら彼女がビックリして泣き出した。
「凄い…。私も結婚したいなと今、思ったの。あなた、心読めるの?」
この食事のあなたとのまったりした雰囲気が大好きだとも言ってくれて、結婚した。
静かな食卓 続・妄想的日常 (via gkojax) (via sakurasakuras) (via iro) (via norito) (via ag107) (via vmconverter) (via yamato)

メモを活用する4つのポイントとは、

  1. アイデアの記録
    ふいに浮かんだアイデアは、その瞬間に書き留めなければ、あっと言う間に頭の中から消え去ってしまうもの。駄ネタであれ、会心の一発であれ、書きとめておく価値アリ。
  2. タスクマネジメント
    「あ!あれ、やっとかなきゃ」というタスクは、自分の記憶力だけに頼ると、つい漏れやダブりなどが発生しがち。「何をどこまでやったか?」「何をやるべきなのか?」を整理するうえで、メモはシンプルかつ基本的なGTD術。
  3. 情報収集
    自分の専門分野に関する情報や知識などを記録しておけば、あとから振り返ることができる。
  4. 課題発見・解決ツール
    書き出すことで、物事の全体を俯瞰して捉えたり、枠組みとして考えやすくなる。これにより、課題を明確に理解したり、解決策を洗い出したりすることに役立つ。
「でも最近の若い人は、酒なんて飲まないよ」って?
 居酒屋で一杯目からウーロン茶、確かにそういう人がたくさんいるらしい。
 店は儲けが減って困っている。でも、だからどうしたというのだ。
 彼らは何のために居酒屋に来るのか。「酔い」に来ているはずなのだ。
 酒を出すから居酒屋なのではない。酔える場所が居酒屋だ。   彼らはお茶で酔う方法を発見した新しい人類なのだ。
 そういう彼らにアルコールを強要する方が間違っている。

百貨店で不景気を語るなかれ:日経ビジネスオンライン

うわあ、すげえすっきりした。

(via mitaimon)

世間なんて、実態がなく、いつも遠くのほ~でうつり変わっているものです。 でも、 あなた自身の本質や、あなたが大事な人であることや、 あなたがいい気分や幸せに生きられてるか否かは、 手にとれ、実感できる、あなたにとって確かなことであり、 永遠に変わりません。 それに忠実に、自分を本当に大切に生きはじめると、 出会う人も、恋人のタイプも、起こる出来事も、 つまり自分をとりまく世界全体が、すべて本当に変わります。
CHOCHO生しぼり (via star-line) (via tmrrwnystrdy) (via nemoi) (via kml)

ではなぜ自分の好きなことを貫き通すと負けてしまうのか?

ぼくの分析したところでは、その理由は大きく分けて三つある。


一つは、自分がそれを好きでやっているということは、裏を返せばお客さんへの奉仕の気持ちが足りないということになり、それを見透かされて、お客さんの気持ちを萎えさせてしまうということがある。

お客さんというのは傲慢で、またとても残酷なところがあるので、奉仕の気持ちが足りないと見えてしまった瞬間に、舞台の上の芸人に幻滅し、興味をなくしてしまうのである。

「あ、この人は私にサービスするつもりはないのだな。自分だけが楽しんでいるのだな」

そう思われたら最後、お客さんの心が暖まることは二度となく、以降、そこでどんな内容のお笑いがくり広げられようと、ほとんど笑ってくれなくなるのだ。


二つ目は、舞台というのはお客さんとともに作り上げていく「共同作業」という意味合いが強い――というのがあるだろう。

「ライブは生もの」と言うが、あれである。どんなに面白い演目でも、お客さんの反応が薄ければ、演じている側のマインドに響いてしまって、上手くいかなくなる。調子が出なくなる。またそれを引きずってしまうようになる。だから、舞台の上の芸人というのは、どんなに自分が好きなお笑いを演じていようと、お客さんの反応が薄ければ、とたんに萎縮したり、自信を失ったりして、負のスパイラルに陥り、とたんに面白くなくなるのだ。

その点では、舞台というのは他の(お客さんの反応がダイレクトに見えない)メディアとは違って、自分の好きなことを貫き通すのがより難しいということができるだろう。


そして最後の三つ目は、これが一番重要なのだが、「人間というものは、本来的には『人に喜んでもらうこと』を至上の喜びとして感じる生き物だ」ということがある。

人間は、本来的には「社会的な動物」なので、ほとんどDNAのレベルから、「他人に喜んでもらうことこそ本当の喜び」だというふうにプログラムされている。だから、自分の好きなことを貫くことは本来的な喜びとはならないはずなのに、生まれてきてからの誤った教育のせいか、そのことを忘れたり、考え違いをしてしまっている人間が多いのである。

実は昔のぼくもそうだったのだが、「人間は自分の個性を貫くことがだいじ」であるとか、「考え方は人それぞれ」とか、「当人の気持ちは他人には絶対に理解できない」など、自分というものをだいじにしすぎた結果、いつの間にか「例え他人に理解されなくても、人間は自分の好きなことを貫いた方が幸せなのだ」と勘違いするようになってしまっているのだ。

しかし、誰でも深層心理のレベルでは「本当は自分の好きなことを貫くことよりも、たくさんの人に喜んでもらうようなことをやりたい」と思っているから、そこで思いの齟齬が生じてしまうのである。アイデンティティが損なわれるのだ。気持ちが引き裂かれて、心がバラバラになってしまうのである。

いつだってヒットするものは「みんなのために」作ったものじゃなくて、「大好きな誰かのために」作ったものだ、ってジブリの鈴木敏夫さんが言ってた。ピーターラビットもパーシー・ジャクソンもそう。
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テレビ広告を見て、売れているかどうかを誰でも判断できる方法がある。それが、スポットでKOWAが流れているかどうか。風邪薬とかのKOWAだ。なぜKOWAの有無が判別材料になるかというと、KOWAの契約というのは特殊で、「いつでもどこでも空いている広告枠にテレビ局の都合で勝手に入れてくれていいですよ、そのかわり通常よりかなり安い単価しか払いませんよ」という種類の広告だ。テレビ局にしてみれば、埋める広告がないとき、タダよりはましかという感覚。一方、広告主からすれば、薬という老若男女、いっさいターゲットを問わない商品だからこその契約形態だろう。なので、テレビを見ていて、自社の番宣、KOWAが続いているようなら、かなり厳しいということになる。
胎児ば,だいたい9ケ月の間お母さんの子宮の中の羊水に浮かんで育ちます。その羊水が,はがれた皮膚や抜けた髪の毛などで汚れてくると,胎児は羊水を口から飲み込んで,自分のおなかの中できれいにしてオシッコにしてもどします。そして,羊水の中のゴミは腸にためておき,生まれてから一番最初のうんことして出すのです。これが「胎便」です。
胎児スゲー (胎便写真) (via nonke) (via plasticdreams)
2008-02-24 (via gkojay) (via subdub) (via nemoi) (via handa) (via yamato)
ほんとうに「思考する」というのは、「過去の自分の思考」や「他人の思考」に「逆らって」思考する、すなわち、新しい脳神経回路に通電し、新しい脳神経パターンを開墾することであって、単にすでに踏み固めた道をなぞることではない。単に他人の発言をリピートするのが発言でなく、過去に自分が何度も発言していることを繰り返すのが発言でもないことと同じだ。